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 昨夜、東日本大震災の発生直後、取材応援で宮古市田老地区に入ったカメラマンのY君と話す機会がありました。

 無残に破壊されたスーパー堤防、目を覆うばかりの惨状に息を呑みながら二週間。長年、プロのカメラマンとして、さまざまな事件事故現場を取材した彼にとっても、大津波のもたらした災禍の生々しい現実はショックだったようです。

 「何より辛かったのは、瓦礫の上を歩く時でした。道も何もない一面の廃墟ですから、取材するにも瓦礫の上を行くしかない。足の下に、どれほどの犠牲者が…と思うと、たまりませんでした」とY君。取材の間、何度、両手を合わせたか、数えきれないほどだと述懐します。

 「取材を終えて、避難所に挨拶に行ったとき、一人のお婆ちゃんが声をかけてくれたんです…『あんたたちも遠くから大変だったね。帰りは気をつけてね』と」
最愛の肉親を亡くし、家も、思い出の品々も、全てを失ったお婆ちゃんのかけてくれた優しい思い遣りの言葉に、Y君は思わず泣いてしまったといいます。

 取材陣の振る舞い、取材のあり方、報道の視点など、こうした災害現場ではマスコミが批判にさらされるのが常ですが、それでも、現場に最も近いところで、心を寄せながら、「現実」を伝えようとしている人たちがいる。

 現場から遠いところで指揮をとることで、いつの間にか、一つひとつのかけがえのない生と死を、無機質な数字の塊としてしか捉えられなくなってしまう怖さ。かつての大本営、いまの政府・東電にも通じることです。

 今日から、交代要員として、若いTカメラマンが現地に出発しました。一つひとつの哀しみに添いながら、再び立ち上がろうとする人々と、いい結びがありますように。
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