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 「想定外」という言葉が注目を集めたのは、例のホリエモン事件の時でしたが、またまた、この言葉が、より深刻な問題を引きずりながら立ち現われてきています。そう、東電・福島原発の事故を巡っての東電や原子力関係者のコメントです。

 「想定」とは、あらかじめ与えられた条件の範囲内で未来を設定する作業ですが、震災で冷却不能に陥り、暴走を始めた福島第一原発は、2002年、土木学会の指針に基づき最大到達津波を5.4~5.7mと想定していました。実際には「想定外の」(東電)15mの大津波が襲い、冷却用の取水ポンプは壊滅、非常用予備電源機能も喪失してしまった訳です。

 一方、国の地震調査委員会の阿部勝征委員長(東京大学名誉教授)は12日未明に記者会見を開き、「4つの想定域が連動するとは想定できなかった。地震研究の限界だ」と述べています。ここでも、またまた「想定外」が登場してきます。

 これまで同委員会は、宮城県から茨城県沖にかけて想定される地震の最大規模はマグニチュード(M)8.2と公表していました。福島県沖はM7.4の地震が30年内に99%発生すると公表していましたが、実際にはM9.0 の巨大地震が襲いかかったことになります。

 1896年(明治29年)6月15日午後7時32分30秒に、岩手県沖約200㌔で巨大地震が発生しています。M8.2~8.5と推定されていますが、この時の津波の第一波は、地震発生から約30分後の午後8時2分に記録されています。到達した範囲は北海道から宮城県にわたっていて、その波高は岩手県の下閉伊郡田老村(現・宮古市)で14.6m、同郡船越村(現・山田町)で10.5m、同郡重茂村(現・宮古市)で18.9m、上閉伊郡釜石町(現・釜石市)で8.2m、気仙郡吉浜村(現・大船渡市)で22.4m、同郡綾里村(同)で21.9mと軒並み10mを超える高さでした。この震災による死者は2万2000人を数え、特に大船渡市の綾里湾の奥では入り組んだ谷状の部分を遡上して、日本の本州で観測された津波では最も高い波高38.2mを観測したのです。
 
 この大津波から115年しか経っていないにも拘わらず、なぜ、福島原発の津波想定が5~6mなのか。東電が福島第一原発1号機の原子炉設置許可申請を国に提出したのは1966年ですから、明治三陸津波から、わずか70年後のことになります。東電も、これを受理した国も、受け入れを認めた地元自治体も、本当に「想定」できなかったのかどうか…。
 
 いまは、福島第一原発の危機的状況をいかに終息させ、被害拡大を食い止め、被災者の救援、地域復興をどう進めるかが焦眉の課題ですが、考えなければいけないのは、当事者及びそれに連なる専門家の「想定」がこの程度のものであることを、一人ひとりが心に強く刻むことなのだと思います。

 「想定」は、所詮、人間が勝手に想い定めたものに過ぎない…という、ごく当たり前のことを、いまさらながら強く思い知らされています。
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