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2011.03.18 祈りの日々
 暴走する福島原発への有効な対応策がとれないまま、依然として予断を許さない状況が続いています。
被災者への支援も、交通網の寸断に加えて、安全が保障されている人たちの心ない買いだめもあって、遅々として進みません。戻り寒波に震える人たちの絶望的な心の内を思うと、都市住民の独善が腹立たしくなります。

 そもそも、東北電力管内になぜ、東京電力の原発があるのか…実は、東京電力は三つの原発を持っていますが、福島第1、第2と新潟の柏崎刈羽と、いずれも電力供給地域外にあるのです。言ってしまえば、首都圏の人たちは、自ら原発立地のリスクを負わないまま、日々、膨大な電力を使い放題に暮らしてきたことになります。

 エネルギーだけではありません。彼らの胃袋を満足させてきた農水産物もしかり。住宅建設に必要な木材も、そして、渇きを潤す水も、そのほとんどを域外に頼っている。そうした都市住民の生命維持に欠かせない資源の大半は、過疎高齢化が進み、田畑も森も川も維持できなくなってきている農漁村の人々が黙々と支えて来たのです。

 そうした戦後日本のいびつな構造が、いま、もっとも手ひどい形で問われていることを、忘れてはならないと思います。ここ鹿児島も、東北地方と同様、日本有数の食料供給基地として首都圏、東海圏、関西圏の食を支えてきました。それだけに、例えようもない悲嘆に我慢強く耐え続けている被災者たちの心情がよくわかる。少なくとも、ここ鹿児島では、当然ではありますが、ガソリンや食料の買いだめは起きていないと信じたいと思います。

 そういえば、今回の震災ではtwitterやblogが情報通信ツールとしてしぶとく活躍しました。
 「枝野寝ろ!」「菅起きろ!」など、若者のセンスに思わず頬が緩んだものですが、そうした中で、仙台市の避難所から発されたこんなつぶやきが、人々の心を打っています。

 
「暗すぎて、今までみたこともないくらい星が綺麗だよ。仙台のみんな上を向くんだ」



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