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「伝える」ということの難しさを改めて思います。

 福島原発の現状と今後の見通しを伝える記者会見、これまで、TVで見たのは菅総理、枝野官房長官、経済産業省原子力安全・保安院、そして、福島県庁と東京本店での東京電力の各会見です。

 一昨日の夜、福島県庁の対策本部からの中継。「福島第1原発の2号機で冷却水の水位が低下、燃料棒が剥き出し状態に…」という一報が現地のキャスターから入り、スタジオは騒然となったのですが、その40分後の東電本店での会見では、全くそのことには触れられませんでした。記者からの質問でようやく事実を認めたものの、会見に出席した東電社員の表情は能面のようで、危機感のかけらも伝わってきません。

 全国の電力会社の雄として、エリート社員を数多く抱える東電の、危機管理能力、とりわけ、広報(伝える)能力の恐ろしいほどの欠落にはただただ驚き、呆れるばかりです。ひたすら、「申し訳ありません」を繰り返し、居並ぶ記者たちに慇懃に頭を下げるものの、会見内容は専門用語と数値のオンパレード。最も知りたい今後の見通しについては、ひたすら言を濁し、調査中を繰り返す。結果、具体的な生きた情報を求めている人たちには何一つ伝わっていない。

 同じように、原子力安全・保安院の会見も、誰に向かって何を伝えたいのかが判然としないまま、ひたすら手元の資料をめくりながら汗をかいている光景しか見えません。そもそも原発推進行政の総本山である経済産業省に第三者機関である保安院が所属しているのも妙な話ではありますが。

 東電にしても、保安院にしても、共通しているのは「会見の務めを義務的、機械的に果たしているだけで、いま、もっとも切実に求められている情報を、できるだけ多くの人に噛み砕いて伝えようという意思&努力が見られない」ということに尽きます。

「伝えた」という事実と「伝わった」ということの間には、とても大きな溝が横たわっていて、伝える側はしばしば、そのことに気付かない。表情も語り方も含めての話です。

 それにしても、暴走を始めた原発で、まさに生命がけ=懸命の作業を続けている現場の社員、スタッフたちのためにも、東電の広報陣はもっとしっかりして欲しい…これでは、極限状態で核を閉じ込める作業を続ける彼らの必死の努力が報われません。
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