上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011.02.04 地名の怪!?
 某誌から頼まれた「地名」というタイトルの原稿を、会議の合間を縫うように、慌てて書き上げました。
鹿児島の地名について、県外人の立場から何か・・という注文。
その土地土地のイメージを思い浮かべながら、そして、かつての若き日の自分の姿も思い起こしながら・・・
こんな一文です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「君の住む借家は確保したから。身一つで来たらいい」と電話の向こうで支局長。   
「はい、ありがとうございます」と私。支局長が言葉を繋いだ。「こちらに赴任したら、まず、かみさんと行ってみたらいい」「ん?かみさん?私、まだ独身ですが…」
しばしの間を置いて、笑い声が聞こえた。「すまん、すまん、かみさん・・かぁ。支局員の上四元君のことだ。彼が君の家を見つけてくれたもんで」
 今から三十数年前、私が全国紙の記者として鹿児島支局赴任が決まった時の電話での会話だ。生まれて初めての鹿児島…本社で、早速、新しい棲みかの周辺の地図をめくってみる。支局から車で10分ほどの閑静な住宅地だ。最寄りのバス停を見て、思わずうなった。催馬楽ねぇ。そういえば、以前、日本史だったか、古文だったか、教科書で平安時代の民衆歌謡にそういうジャンルの音楽があった。確か「さいばら」と読んだなぁ。なかなか文化の香る土地じゃないか…。それを「せばる」と呼んでいると聞いてびっくりしたのは、赴任してきてのことだ。灰を「へ」、貝を「け」というほど、短縮圧縮省略の好きな、ある意味、不精な薩摩人のことだ、「さいばら」を「せばる」と縮めるのもむべなるかな。
 新人新聞記者はほとんどの場合、警察担当からスタートする。いわゆる、サツ回り。殺人、強盗、放火などの事件や災害や交通事故など守備範囲は広い。出もの腫れもの事件はところ嫌わず、いつ、どこで、起きるか予測不可能だ。生まれて初めての鹿児島で、最初に覚えなければならないのは土地勘…その第一段階は地名!県外出身の多くの記者は、まずは、この第一関門に泣かされた。
 「催馬楽=せばる」のような難読地名をことさら取り上げるまでもない。地元の人が当たり前と思っている「鹿屋=かのや」「川内=せんだい」だって、鹿児島と縁のない白紙の人間にとっては「しかや」であり「かわうち」が常識だ。
 着任して間もなく梅雨が来て、そして末期の集中豪雨。鹿児島市の宇宿で崖崩れがあり、多くの犠牲者を出した。「宇宿=うすき」というのも「指宿=いぶすき」から連想はできたが、宿を「すき」と読ませるのは「しゅく」が訛ったものなのだろうか。薩摩以外でそう呼ぶケースを寡聞にして知らない。「指宿」は全国に知られるが、当時郡名としてあった「揖宿」も同じ「いぶすき」なのにもびっくりした。どこかで誰かが「揖」と「指」を書き間違えたのが、そのまま残ったのだろうか。「揖」の方が歴史的に古そうな気がするのだが、調べたことはない。
 若き日々、読めない、書けないでベソをかかされた地名を数えると切りがない。
「唐湊=とそ」「甑=こしき」「頴娃=えい」「藺牟田=いむた」「姶良=あいら」「吾平=あいら」「児ケ水=ちょがみず」「竹子=たかぜ」「祁答院=けどういん」「蓬原=ふつはら」「求名=ぐみょう」「百引=もびき」「花野=けの」…長くなるのでよそう。地名でも人名でも出てくる「水流=つる、づる」も県外人にとっては初読できないものだし、私が勤めている会社の所在地・鹿児島市樋之口町も「てのくち」と読めという方が無理がある。
 とはいうものの、地名の不思議は薩摩に限らない。わが故郷の長州にも「特牛=こっとい」「金峰=みたけ」「伊陸=いかち」などというA級難読地名がいくつも存在する。
  それはともかく、読みにくい地名には深い深い郷愁が漂っているように感じるのは、なぜなのだろうか。連綿、淡々とした人々の長い、長い暮らしの風景が、地名の一つひとるから滲み湧くように像を結んで立ち現われてくる。次に生まれ育つなら厄介な珍しい、誰も読めないような名前の土地でと思いたくなる、この不思議な感触…。
 最後に、当たり前のように誰もが「かごしま」と言っているけれど、「鹿児島」は「かじしま」か、もしくは「かじとう」と読むのが国語的常識のような気もするのだけれど。
Secret

TrackBackURL
→http://tenokuchinomadokara.blog133.fc2.com/tb.php/46-b2b2b9b4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。