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2011.01.14 着眼大局
 第二次菅改造内閣が発足しました。「立ちあがれ日本」を離党した財政再建派の論客・与謝野さんを経済財政担当相に、さらに藤井裕久・元財務相を官房副長官にというのが、ちょっとしたサプライズでしょうか。枝野・新官房長官は記者会見で「実務強力推進内閣」と命名していますが、漂流を続けるニッポン丸の立て直しは容易ではありません。


 「着眼大局着手小局」という言葉があります。囲碁の世界でよく使われる言葉で、勝負をするに当たって、全体像をきちんと思い描きながら、しかし、局地戦は細心繊細に戦え…ということでしょうか。全体最適を常に意識しながら、部分最適のMax値を追うのは、実は大変に難しい作業です。着手の大前提として、まずは着眼があるべきで、無秩序な個別の局地戦の集合が全体的な戦局をリードするようになったら、戦略なんて無用の長物になってしまう。企業経営でいえば、圧倒的な戦力、後方兵站が確保されていた高度成長期、行け行けドンドンの時代は、少々非効率的でも、連戦連勝が可能だったのでしょう。しかし、時代は変わりました。着手は、もちろん、大胆かつ細心でなければなりませんが、何より「着眼大局」が求められています。


多くの事業本部を抱える私たちの会社も、個別戦闘だけを頑張れば勝てる状況ではなくなってきました。さまざまな事業を、どのように組み合わせ、戦力をどのように配置し、どこにエネルギーを集中させるべきか。言うは易くで、いやはや、着眼というのも大変難しい。

 ちなみに、調べてみると、この着眼大局着手小局という言葉は、孔子の弟子である荀子が最初に言ったようです。荀子は性善説を主張した孟子に対して、性悪説を説いた人物ですが、この人物、なかなか合理的かつ近代的な思想を持っていました。彼の言葉をいくつか紹介すると…「流星も日食も、珍しいだけの自然現象であり、為政者の行動とは無関係だし、吉兆や凶兆などではない。これらを訝るのはよろしいが、畏れるのはよくない」「天とは自然現象である。これを崇めて供物を捧げるよりは、研究してこれを利用するほうが良い」。
 また祈祷などの効果も否定していて、「雨乞いの儀式をしたら雨が降った。これは別に何ということもない。雨乞いをせずに雨が降るのと同じである」とも言っています。

 今から2300年前の学者の思想としては、なかなかスゴイと思いませんか。「天の権威」によって自らの地位を担保していた当時の皇帝(権力者)には、何とも疎ましい人物だったのでしょう。改めて中国文化の奥深さを感じます…と、また、話が飛んでしまいました。

 鹿児島地方、この週末は再び大雪の予報です。
大学入試センター試験の受験生たち、無事に受験できますように…
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