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「開発、と書いて、君はどう読むかな・・」
掌に指先で文字を書きながら、そう老僧に尋ねられ、しばし思案したのは、今から、もう20年も前のことです。
 記者だった私は、当時、囁かれていた政府開発援助=ODAの暗部を報道しようと、アジア各地、全国のあちこちでの取材を進めていました。老僧は曹洞宗の若き僧侶らが始めたタイのスラム支援プロジェクトの責任者で、私の故郷の寺の住職でもありました。その老僧の母親が定年退職直前に、小学生だった私の担任教師でもあったという不思議な縁もあります。
 老僧に尋ねられ、私は、しばし、考え、すぐに発心集のことを思い出したのです。そうか、発は「ほつ」とも読むんだ・・・
 「かいほつ・・・でしょうか・・」
 満足そうに、老僧は頷きました。
 「そう、かいほつ・・・それで、いい」
蝉時雨が包む座敷で向かい合いながら、彼は続けました。
 「開発援助というけれど、開発とは元々は仏教用語なんだな。公害問題がかまびすしい頃、開発か自然保護か、などというスローガンが流行ったが、しかし、私たちのいう開発とは、その意でいう開発とは似て非なるものなのだがね・・・」
 開き発する・・それは、水面下に潜む自己を引き揚げ、本来の面目に戻す行為。扁平な言い方をすれば、自ら意識しない自分を、開き、発し、「いま、この空間と時間に確かに存在する自分の意味」を啓いていくことなのだ・
と、詳らかには覚えていませんが、そういう言葉が後に続いたような記憶があります。
 それは、政府開発援助という怪しげな「官僚用語」を引き合いに、その頃、大手を振って日本列島を徘徊していた「開発ブーム」に対する、痛烈な批判であり、最貧国を発展途上国と呼び換えて何の痛痒も感じない私たちへの、仏教者の側からの叱責でもあったような気がします。
 この国から人道援助、開発援助の名の下にアジアへアフリカへと流れ込む膨大な資金の使途事業の多くが日本企業により受注され、東京の口座へと還流してくるシステムを暴く記事とともに、老僧の話を伝えました。
 そして、そのことがきっかけで、私は禅と出会うことになったのです。
 取材時、癌を患っていた老僧が亡くなったことを知ったのは、一年後・・アフリカ中部のケニアでルワンダ難民キャンプを取材していた時のことでした。

  たった一つの、俗塵にまみれた言葉が、新しい生命を吹き込まれて、深く広い、遥か彼方に置き去りにしたイメージを伴って蘇ってくる経験・・。
 「開発」という一語に込められた深い意味は、20年後のいま、自らの人生の道行きとも重なって、もう一度、新たな衣を纏おうとしているような気がします。
  
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