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2012.09.19 カウンター考
 この春、新幹線終着駅・鹿児島中央駅前にオープンした「かごっま屋台村」が絶好調だそうです。村長の吉田英雄さんによると、行楽シーズンは県外、地元客が半々、シーズンオフは8割が地元の若者、オヤジたちで賑わっているといいます。

 桜島の火山灰に見舞われる鹿児島市で、屋台は果たして受け入れられるのか…そもそも、博多と違って、鹿児島には屋台文化がないし…と案じていましたが、杞憂でした。老若男女、カウンターに並んで、和気藹々の風景が毎夜のように見られる。鹿児島も変わって来たな、と思います。
 
 以前、どこかで書いたことがあるのですが、鹿児島に来てから、寿司屋に足を向けることが極端に少なくなりました。どうしてだろうね…と、考えてみるのですが、よくわかりません。東京に出張し、友人知人たちと「ちょっと一杯」という時、迷うことなく寿司屋に足を向ける風景に出会います。翻って考えてみると、鹿児島で夜の街を目指すとき、真っ先に寿司屋の暖簾をくぐった記憶はゼロなんですね。この差異はいったい、どこに由来しているのか。


 先夜も同僚とその話題になり、いくつかの推論が飛び交いました。

 で、その中間総括――

1.車座型になって議論をサカナに焼酎を飲む鹿児島の風習は、小奇麗なカウンター型の飲食店を忌避する傾向がある。
2.目の前の海で釣り放題、半日でアジもタイもイカもサバも食べきれないほど釣っている身としては、米の飯に魚の一片を乗せた「にぎり」の法外な?!値段が承服できない。
3.そもそも、米と焼酎を同時に食する食習慣を持っていない。
4.「酒は原則として、畳の上で賑やかに」というのが基本的立場である私たちには、椅子に座って、カウンター越しに店主と上品に向かい合う姿勢は、かなりの忍耐を要する。
5.私たちの年代は、寿司といえば母が運動会、遠足時に作ってくれた「巻き寿司」「ちらし寿司」の類が「寿司」なのであって、「にぎり寿司」というシロモノは社会人になってから初めて出会う「遅れてきた寿司たち」である。つまり、そもそも、馴染みがない。

 ま、結局、世代論や地域論に逃げ込んでいる訳ですが、結局、フレンチだろうと、イタリアンだろうと、高級寿司屋だろうと、ちょっと肩に力が入ってしまうお店では、「飲んだ気がしない」という、つまりは己自身の品格不足の問題なのでしょうね。

 かくて、今宵も奥まった小上がりの片隅で車座になり、ワイワイ、ブツブツと夜が更けていくのでしょう。贅沢、豪遊のできない小心で、ささやかに生きるしかないオヤジたちです。
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