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2012.09.10 帰去来
昨日、近所を歩いていたら、田んぼの稲穂がたわわに実をつけて俯いていました。夏から秋へ…季節は急ぎ足です。
                 
            稲穂


 子供のころ、集落にはパン屋がありませんでした。中国山地の谷あいの寒村ですから当たり前ですが、ごくごくたまに、ロバに荷車を曳かせた移動パン屋さんが、「クシコスの郵便馬車」の曲に乗って現れていました。あの甘い香りのまぶしかったこと!

 それはそうでしょう。畑でトマトやウリを盗み、それでもお腹を空かせて、家に帰るなり、台所に直行。軒先にぶらさがった竹製の籠を下して冷ご飯を椀につぎ、朝の残りの冷えた味噌汁(具はジャガイモと玉ねぎだけだった!)をぶっかけて、搔き込むように食べるのが日課だったのですから。何もかけるものがなければ、ご飯だけを…。噛めば噛むほど、奥深い甘さが口中に広がって子供ながらにも、幸せなひとときだったのを思い出します。

 豊芦原瑞穂の国、とは日本国の美称です。稲が朝鮮半島からやってきたのか、それともジャポニカ原産地の長江からダイレクトに九州に入って来たのか、照葉樹林文化の流れと同様、黒潮に乗って南方から流れ着いたのかは知りませんが、古来、日本列島の人々は、異常なまでにコメを神聖化し、そこに「生きる力」の源泉を感じ取っていました。餅の入ったウドンを「力うどん」と呼ぶのも、その名残なのかもしれませんし、何より年貢はコメでした。神事にも、稲穂はつきものですし…。

 戦後67年、2000年の歳月を費やしながら山を切り開き、石垣を組み、用水路を作って、棚田を広げてきた列島の人々の知恵も技術も、無用のものとして投げ捨てられ、2008年度の鹿児島県の調査によると,県内の耕作放棄地は2万4千ヘクタール。そのうち,半分が山林化などにより耕作不可能な状態にあります。

 昨日、「維新」を標榜する政治団体の主催で、公開討論会が開かれました。詰めかけた報道陣は400人!議論にもならない議論、アリバイ工作にしか思えない内容でしたが、薄ら笑いで言を弄する魑魅魍魎たちの姿に、秋風に揺れる道端の稲穂が重なって、何とも虚しい気分にさせられたことでした。

  歸去來兮     
  田園將蕪胡不歸  
           陶淵明

 この秋、久しぶりに故郷に帰ってみようかな、と思い始めています。

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