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 「福島に生まれて、福島で育って、福島で働いて、福島で結婚して、福島で子供を産んで、福島で子供を育てて、福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最後を過ごす。それが私の夢なのです」

 先月上旬、福島県の会津若松市で開かれた第35回全国高校総合文化祭のフィナーレで、福島県の女子高校生が舞台から語りかけたメッセージです。

 家族、友、そして、雨の日も雪の日も黙って見守ってくれた山河、海…失うことで、はじめてこみ上げてくる故郷への想いを、精一杯の表現で訴えた言葉が、さきほど、野田・新総理の所信表明演説で引用されました。

 何気なく、当たり前のこととして「ささやかな日常」を繰り返すことの、何という幸せ。
「福島で子供を育てて、福島で孫を見て…福島で最後を過ごす」
それを「夢」だという高校生たちに、この国の大人たちは、どんなメッセージを返せるのでしょうか。

 これほどの事故を起こしても、なお、表面上の殊勝さとは裏腹に旧来の原子力政策にしがみつこうとしている政官財の一部の「腐りきった部分」を、一刻も早く切除すること。原子力村へのこれまでの迎合責任を自覚しようともしていないメディアも例外ではありません。

 「マスコミ、経産省、電力業界、政党、学者、原子力産業が一体となって、異論を許さずに進められてきたのが日本の原子力政策です…そんな社会であっていいのか。この国の民主主義が問われているのです」
    (佐藤栄佐久・元福島県知事=「世界」10月号)



 

 
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