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 一昨日未明に、福岡在住の祖母が急死し、通夜と葬儀に行ってきました。

 なんと108歳での大往生。明治36年(1903年)生まれというと、日露戦争の開戦前年、
震災後の公共広告機構(AC)のスポット…「遊ぼう」というと「遊ぼう」とこたえる…こだまでしょうか、いいえ、誰でも…で一躍全国に知られるようになった、私の故郷、山口県出身の詩人・金子みすゞと同じ年の生まれです。

 あまりに長命だったために、結果、4人の子供のうち3人に先立たれ、残っているのは私の母一人。ささやかに親族だけでの葬儀でしたが、明治、大正、昭和、平成と生き抜いた祖母にとっても東北関東大震災のすさまじい被害は、初めて見る光景だったようです。

 鹿児島から博多まで、全線開業後、初めての新幹線利用で快適な旅でしたが、時速250キロ超で走る車内で、ふと、「これは水平に墜落しているようなものだな」と思ったことでした。いったん新幹線事故が起きれば、眼を覆うばかりの大惨事になること必定ですが、こちらも安全神話に支えられて、多くの人たちが気にすることもなく利用している。原発もまた、そういった安全神話に支えられて立地が進み、私たちは意識することもなく、その恩恵に浴していたわけです。

 その神話が、どのような具体的な検証、設定によって支えられているのかを、私たちは知ろうともしなかった。

 時速60キロの車に乗る時はシートベルトが義務付けられているのに、飛行機の離陸時並みの速度で走る新幹線にはどうしてシートベルト着用を義務付けないのだろう…などと、妙に気になり始めたのは、これも、原発事故の影響なのかもしれません。 たとえば、線路上に陸橋からトラックが転落する、あるいは飛行機が墜落する、地震でトンネル内が落盤し、そこに新幹線車両が遭遇する。可能性はゼロではありません。

 気がつけば、3月31日。1月が行き、2月が逃げて、3月も去ろうとしていますが、3月11日に起きたことの記憶だけは、永遠に去らせる訳にいきません。

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