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「指揮官先頭 率先垂範」といえば、かつての帝国海軍の規範としてよく知られています。
先夜、友人と飲みながら、この「指揮官先頭」に話が及びました。
一つの例として、よく引き合いに出されるのが、鹿児島出身の提督・東郷平八郎元帥の日本海海戦での逸話です。世界最強といわれていたバルチック艦隊を迎え撃った日本海軍の指揮をとった東郷元帥は、4,5時間続いた海戦中、旗艦「三笠」のブリッジに立ち続けたという話。鉄柵しかないブリッジは、一発でも砲撃を受ければ、即死するしかない危険な場所ですが、東郷元帥は死を覚悟して立ち続けた。各艦隊からはブリッジに立つ東郷元帥の姿がはっきりと見え、その気迫が遠目にも伝わってきたといわれています。
「だけどね・・・」と友人は、首を傾げました。
「最高責任者が、最前線の最も危険な場所に立つのは士気を鼓舞する意味ではわかるけれど、組織=艦隊の危機管理からいうと、これは、やはり精神主義に過ぎるんじゃないのかなぁ」
いざ開戦となったとき、東郷元帥は自らブリッジに向かうと同時に、副官以下の幕僚を旗艦の最も安全な場所に移動させたと伝えられています。「わが亡き後の指揮命令系統を温存しようとしているのだから、危機管理の面での配慮はしていたと思うよ」と私。
「そうかな、確かに指揮官先頭はカッコいいし、それなりの効果(兵士の士気高揚)は期待できるパフォーマンスだと思うけど、本来最高責任者には、もっと重要な任務、全軍統帥という勝敗に関わるミッションがあるわけで、あの逸話は死を覚悟で職場放棄したようなもの、とも言えるような気がする」
友人に言わせると、本来の指揮官先頭は、こうした目立つパフォーマンスではなく、難局に遭遇した時に、人目にはつかないが、しかし、毅然とした態度で前線を支え、自らも黙々と汗をかく…ことに真意があるというのですね。
そういえば、太平洋戦争勃発時、同じ連合艦隊の司令長官を務めた山本五十六元帥の言葉に「してみせて 言ってきかせて させてみて 褒めてやらねば 人は動かじ」という名言がありますが、この人も指揮官先頭を貫いて、日本軍が苦戦するラバウル視察からの帰途、ブーゲンビル島上空で米軍機の攻撃を受け、戦死しています。全軍に与える影響を考慮し、しばらくは緘口令が敷かれたことからも、その衝撃の大きさがわかります。
ちなみに、山本元帥の残した、もう一つの言葉があるのですが、あまり知られていません。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
話が横道に逸れましたが、談論風発、楽しい夜ではありました。

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