2012.05.14
神話の森
この週末、鹿屋のバラ園を訪ねた足で、初めて吾平(あいら)山陵に行ってみました。
うんと以前から、帝皇の塚墓である山陵が、この鹿児島にあることが不思議だったのと、こういう機会でもなければ、死ぬまで大隅半島の山中にある山陵に足を運ぶこともないだろう…との想いからです。
いやぁ、びっくりしました。宮内庁の管理なので、そこそこ、厳粛な佇まいなのだろうとは予想していましたが、鬱蒼とした新緑の照葉樹林に囲まれて玉砂利の参道を歩くと、ウグイスの鳴き声とせせらぎの音だけが支配する世界…昼間だというのに、森のかしこからじっと見つめる「もののけの視線」を感じてしまう。伊勢神宮になぞらえて小伊勢と呼ばれるのもわかります。
なぜ、九州南部の最果てに帝王の墓が祀られているのか…不思議だったのですが、ここに葬られたと伝えられるのは初代・神武天皇の父である「鵜草葺不合命」と母の「玉依姫」なんだそうで、日本書紀や古事記、延喜式でも紹介されています。詳しくはネット検索でどうぞ。
ま、由来は神話に属するものでしょうから、真偽はともかくとして、ちょうど全国各地の氏神様が鎮守の森を守ったように、この山陵もまた、手つかずの南九州の森林と流れ、空気と匂いを何百年にもわたって守り続けてきたのでしょう。
鹿児島県内には、神吾平山陵の他にも薩摩川内市に可愛(えの)山陵、霧島市溝辺町に高屋山陵がありますが、実際に訪ねた人は少ないんじゃないでしょうか。別に勤皇家でも何でもありませんが、山萌える一日、神話・伝説の無言の力を改めて実感させられた午後でした。
うんと以前から、帝皇の塚墓である山陵が、この鹿児島にあることが不思議だったのと、こういう機会でもなければ、死ぬまで大隅半島の山中にある山陵に足を運ぶこともないだろう…との想いからです。
いやぁ、びっくりしました。宮内庁の管理なので、そこそこ、厳粛な佇まいなのだろうとは予想していましたが、鬱蒼とした新緑の照葉樹林に囲まれて玉砂利の参道を歩くと、ウグイスの鳴き声とせせらぎの音だけが支配する世界…昼間だというのに、森のかしこからじっと見つめる「もののけの視線」を感じてしまう。伊勢神宮になぞらえて小伊勢と呼ばれるのもわかります。
なぜ、九州南部の最果てに帝王の墓が祀られているのか…不思議だったのですが、ここに葬られたと伝えられるのは初代・神武天皇の父である「鵜草葺不合命」と母の「玉依姫」なんだそうで、日本書紀や古事記、延喜式でも紹介されています。詳しくはネット検索でどうぞ。
ま、由来は神話に属するものでしょうから、真偽はともかくとして、ちょうど全国各地の氏神様が鎮守の森を守ったように、この山陵もまた、手つかずの南九州の森林と流れ、空気と匂いを何百年にもわたって守り続けてきたのでしょう。
鹿児島県内には、神吾平山陵の他にも薩摩川内市に可愛(えの)山陵、霧島市溝辺町に高屋山陵がありますが、実際に訪ねた人は少ないんじゃないでしょうか。別に勤皇家でも何でもありませんが、山萌える一日、神話・伝説の無言の力を改めて実感させられた午後でした。
2012.05.02
GWの記念
大型連休のせいか、いつもより静かな社内です。昨日、今日とお休みを取れば、9連休という曜日配列で、各地の行楽地は賑わっているようですが、一方で、この時期、GWとは無縁な人たちも少なくありません。
就業者人口を、第1次・第2次・第3次の3つの産業分野別にみると、この100年の間に劇的な変化が起きています。 農林漁業などの第1次産業従事者は、明治初期に8割以上、大正時代でもでも7割を占めていました。しかし、戦後、高度成長の軌跡に重なるように激減し、最近では、わずか6%まで落ち込んでいます。
これに対し、製造業を中心とする第2次産業従事者は20世紀初頭で1割強でしたが、その後は着実に増加し、1970年代半ばまで増え続けます。80年代以降は、サービス経済化などの進展により、わずかずつ減少してきましたが、それでも就業者の3人に1人は製造業を中心とする産業分野に就いています。
大幅に増えたのがサービス、小売業などの第3次産業で働く人たちです。現在は、就業者の6割以上が第3次産業に携わっています。全国の雇用者数は約5500万人ですから、ざっと3000万人以上は大型連休の恩恵に浴しにくい人たちということになるのでしょう。
昨夜は、以前勤めていた新聞社のOBたちが九州各地から鹿児島の居酒屋に集まって、思い出話に花を咲かせました。福岡から来た先輩カメラマンOBは65歳。かつて、事件現場を引き連れられながら駆け回った仲です。退職後の今は、カメラ講座の講師をしながら、九州各地の戦争遺跡をカメラに収め続けているそうです。その彼からプレゼントされたのがご覧の写真。
私の故郷の周防灘に昇る太陽…。手前の漁船のシルエットが効いています。
「まだまだ老ける年齢じゃないぞ!という激励の想いも込めて、あえて朝日にしたよ」とのこと。
どこにも行けないGWですけれど、今年の大型連休、最高の記念になりました。
就業者人口を、第1次・第2次・第3次の3つの産業分野別にみると、この100年の間に劇的な変化が起きています。 農林漁業などの第1次産業従事者は、明治初期に8割以上、大正時代でもでも7割を占めていました。しかし、戦後、高度成長の軌跡に重なるように激減し、最近では、わずか6%まで落ち込んでいます。
これに対し、製造業を中心とする第2次産業従事者は20世紀初頭で1割強でしたが、その後は着実に増加し、1970年代半ばまで増え続けます。80年代以降は、サービス経済化などの進展により、わずかずつ減少してきましたが、それでも就業者の3人に1人は製造業を中心とする産業分野に就いています。
大幅に増えたのがサービス、小売業などの第3次産業で働く人たちです。現在は、就業者の6割以上が第3次産業に携わっています。全国の雇用者数は約5500万人ですから、ざっと3000万人以上は大型連休の恩恵に浴しにくい人たちということになるのでしょう。
昨夜は、以前勤めていた新聞社のOBたちが九州各地から鹿児島の居酒屋に集まって、思い出話に花を咲かせました。福岡から来た先輩カメラマンOBは65歳。かつて、事件現場を引き連れられながら駆け回った仲です。退職後の今は、カメラ講座の講師をしながら、九州各地の戦争遺跡をカメラに収め続けているそうです。その彼からプレゼントされたのがご覧の写真。
私の故郷の周防灘に昇る太陽…。手前の漁船のシルエットが効いています。
「まだまだ老ける年齢じゃないぞ!という激励の想いも込めて、あえて朝日にしたよ」とのこと。
どこにも行けないGWですけれど、今年の大型連休、最高の記念になりました。
2012.04.27
優勝!
朝一番、自分で淹れた珈琲を飲みながら朝刊に目を通していたら、ドアがコンコン。
「いいですかぁ?」の声とともに入ってきたのは優勝旗でした。抱えてきたのは当社のソフトボール部員二人。昨夜の勝利の立役者です。
鹿児島市春季ソフトボール大会。そのCクラスの決勝戦が昨夜行われ、応援に行ってきました。初回いきなり1点を失うも、その後は向かうところ敵なし…2本塁打を含む猛攻で終わってみれば14対1、5回コールドの圧勝。管理職のオヤジたちや同僚、子供連れの女性社員、それに今春入社の社員も加わっての応援にテンションも上がったのでしょう。「こんなに応援が来たのは初めて!」とナインもビックリだったそうです。それだけに、参加30チームの頂点に立った喜びは格別だったようで、試合終了後の選手たちの満面の笑みが印象的でした。
それにしてもユニホーム姿の選手たち、試合中の女性社員スコアラーたちの表情は、職場でのイメージとは、また、違うものですね。企業は何より、彼ら、彼女たちのためにある…そんなことを実感しつつ、元気を与えられた夜でした。
おめでとう!
「いいですかぁ?」の声とともに入ってきたのは優勝旗でした。抱えてきたのは当社のソフトボール部員二人。昨夜の勝利の立役者です。
鹿児島市春季ソフトボール大会。そのCクラスの決勝戦が昨夜行われ、応援に行ってきました。初回いきなり1点を失うも、その後は向かうところ敵なし…2本塁打を含む猛攻で終わってみれば14対1、5回コールドの圧勝。管理職のオヤジたちや同僚、子供連れの女性社員、それに今春入社の社員も加わっての応援にテンションも上がったのでしょう。「こんなに応援が来たのは初めて!」とナインもビックリだったそうです。それだけに、参加30チームの頂点に立った喜びは格別だったようで、試合終了後の選手たちの満面の笑みが印象的でした。
それにしてもユニホーム姿の選手たち、試合中の女性社員スコアラーたちの表情は、職場でのイメージとは、また、違うものですね。企業は何より、彼ら、彼女たちのためにある…そんなことを実感しつつ、元気を与えられた夜でした。
おめでとう!
2012.04.23
島の時間
久しぶりに奄美大島を訪ねました。出張先の宇検村で、地元の方々と黒糖焼酎で旧交を温めた翌朝、地元紙をめくっていたら、死亡広告欄に目が釘付けに…

三件の広告のうち一件はご覧のように107歳、あとの二件は97歳と93歳!もちろん、死亡を告げる広告ですから、何歳で亡くなられたにせよ心痛む通知ではあるのですが、いずれも世間では「天寿を全う」という年齢ではあるのでしょう。不謹慎の誹りを覚悟しながら、あえていえば、長寿の島の面目躍如ということになるのでしょうか。
鹿児島市から南へ約400キロ。この時期、奄美群島はすでに梅雨の走り。南方特有の身体にまとわりつくような生ぬるい風が海から流れ込み、重い雲が東から西へゆっくりと動いて行く。濡れた舗道を腰の曲がった老女が一人…手ぬぐいで髪を包んで、どこへ向かうともなく手押し車を押しています。昨日も昨年も、たぶん、10年前も100年前も、おそらく、同じような風景が繰り返し立ち現れながら、音もなく時間がゆっくりと過ぎて行っているのでしょう。107年間、この島で暮らし続けて亡くなった方の、「時間の豊かさ」を想った旅でした。

三件の広告のうち一件はご覧のように107歳、あとの二件は97歳と93歳!もちろん、死亡を告げる広告ですから、何歳で亡くなられたにせよ心痛む通知ではあるのですが、いずれも世間では「天寿を全う」という年齢ではあるのでしょう。不謹慎の誹りを覚悟しながら、あえていえば、長寿の島の面目躍如ということになるのでしょうか。
鹿児島市から南へ約400キロ。この時期、奄美群島はすでに梅雨の走り。南方特有の身体にまとわりつくような生ぬるい風が海から流れ込み、重い雲が東から西へゆっくりと動いて行く。濡れた舗道を腰の曲がった老女が一人…手ぬぐいで髪を包んで、どこへ向かうともなく手押し車を押しています。昨日も昨年も、たぶん、10年前も100年前も、おそらく、同じような風景が繰り返し立ち現れながら、音もなく時間がゆっくりと過ぎて行っているのでしょう。107年間、この島で暮らし続けて亡くなった方の、「時間の豊かさ」を想った旅でした。
2012.04.11
若者たちへ
この春入社した新人クンたちの現場研修が続いています。今年のフレッシュマンの特徴は「カマッテ君」なんだそうですね。
自己啓発意欲が強く、スキルを身につけることにこだわっている…厳しい就職氷河期を経験しているだけに、自立心は強いけれど、どこかで誰かに見守って欲しいし、関わって欲しいし、声もかけて欲しい…つまり、「構って欲しい甘えん坊」の部分があるということなのだそうです。
社会人となって、現場に配属されると、先輩たちには手取り足取り面倒をみる余裕もなく、「黙って後ろ姿を見て学べ」ということになるのでしょうが、それもまた試練。構ってくれそうもなければ、自ら、先輩兄姉に当たって砕けろでいくしかありません。暗中模索、試行錯誤は、私たちの世代もそうでした。いや、むしろ、今に比べると先輩はもっとツレなかったような…
社内報用に、入社式の挨拶の書き起こし文が届きました。ブログに掲載は安易すぎるけれど、カマッテ君たちへのエールの意味も込めて、以下、ご紹介を。
・・・・・・・・・・・・
さわやかな花日和となりました。爽やかな春陽気の中、今日、若者たちが仲間に入って来てくれました。おめでとう。「不安と期待」、というか、むしろ「不安」の方が大きいのかも知れませんが、ここに集まっている先輩たちの後ろ姿が、さまざまなことを皆さんに教えてくれるはずです。どうぞ、安心してください。
鹿児島には「泣こかい 跳ぼかい 泣こよっかひっとべ」という言葉があります。迷うくらいなら、いっそ跳んでしまえという言葉ですが、これは、「まずは、経験しなさい」という事を教えているんですね。実際に跳ぶ事によって痛い思いをするかもしれない。上手く跳べるかもしれない。しかし、跳ばずに泣いているだけだと、何一つ学べない。再び同じ状況に直面した時にも、また迷ってしまう。新入社員の皆さんに申し上げたいのは、立ち止まるか、進むか迷った時には、思い切って進んでいただきたい、ということです。
進む事によって失敗する事もあるかもしれません。しかし、少なくとも前に向かって転ぶのなら、会社はそれを止めもしませんし、ましてや責めたりもしません。
一番困るのは、迷った末に何もしない事、逃げ出してしまう事です。新入社員だけではなく会社で働くすべての人に共通する話ですが、楽な経験だけ、そこで積み重ねた浅い経験知だけで生きたがる人たちがいます。以前、社長就任時に「浅瀬をつま先だって渡ろうと思わないで欲しい。思いっきり深い淵に飛び込んで一気に激流の渦巻く川を渡りましょう」とお話しました。急流とは修羅場です。その修羅場を怖がって、遠回りして浅瀬を渡るような経験は何十年続けても、財産にならない。どうか、修羅場を経験していただきたい。人間は修羅場の中でしか成長できないのです。
当社の各セクションでも、日常の業務の中で、前にも後ろにも進めず立ち往生してしまうような辛い局面が何度も起きています。その時に自ら買ってでもその修羅場に飛び込んで、本気で悩み、本気で迷うという経験が、将来のその人の大きさや深さ、広さを決めていくものです。我が身可愛さで生きてきたり、現場の修羅場を知らずに空の理屈を振り回してきた人が、実は何の突破力も持っていないという現実を何度も見てきました。今から、色々な山や谷や激流が待ち構えていると思いますが、決死の覚悟で「ひっ跳んだ」あなた方を会社は必ず守ることを、約束します。先輩達とともに学び合いながら前に進んでいただきたい。
そして、お集まりの社員の皆さん、今年度の予算はさまざまな要因から、かなり抑えたものとなっています。しかし、1人1人に掛かってくる数字は決して軽いものではありません。当社が安定的持続的に発展していくためにはどうしても今年度予算を達成しなければならない。この会社の舞台に集うあなたとあなたの仲間たちの未来のために、踏ん張っていただきたい。プライベートな生活とも十分にバランスを取りながら、かけがえのない一回限りの人生をより豊かにして頂きたい。それと並行して当社が業績を伸ばすことができれば、それだけで十分幸せなことです。
ともに手を取り合い、希望を持って新しい年度をスタートしましょう。
・・・・・・・・・・・
この一年、悲喜交々をとりまぜて、実り豊かな日々が続きますように。
自己啓発意欲が強く、スキルを身につけることにこだわっている…厳しい就職氷河期を経験しているだけに、自立心は強いけれど、どこかで誰かに見守って欲しいし、関わって欲しいし、声もかけて欲しい…つまり、「構って欲しい甘えん坊」の部分があるということなのだそうです。
社会人となって、現場に配属されると、先輩たちには手取り足取り面倒をみる余裕もなく、「黙って後ろ姿を見て学べ」ということになるのでしょうが、それもまた試練。構ってくれそうもなければ、自ら、先輩兄姉に当たって砕けろでいくしかありません。暗中模索、試行錯誤は、私たちの世代もそうでした。いや、むしろ、今に比べると先輩はもっとツレなかったような…
社内報用に、入社式の挨拶の書き起こし文が届きました。ブログに掲載は安易すぎるけれど、カマッテ君たちへのエールの意味も込めて、以下、ご紹介を。
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さわやかな花日和となりました。爽やかな春陽気の中、今日、若者たちが仲間に入って来てくれました。おめでとう。「不安と期待」、というか、むしろ「不安」の方が大きいのかも知れませんが、ここに集まっている先輩たちの後ろ姿が、さまざまなことを皆さんに教えてくれるはずです。どうぞ、安心してください。
鹿児島には「泣こかい 跳ぼかい 泣こよっかひっとべ」という言葉があります。迷うくらいなら、いっそ跳んでしまえという言葉ですが、これは、「まずは、経験しなさい」という事を教えているんですね。実際に跳ぶ事によって痛い思いをするかもしれない。上手く跳べるかもしれない。しかし、跳ばずに泣いているだけだと、何一つ学べない。再び同じ状況に直面した時にも、また迷ってしまう。新入社員の皆さんに申し上げたいのは、立ち止まるか、進むか迷った時には、思い切って進んでいただきたい、ということです。
進む事によって失敗する事もあるかもしれません。しかし、少なくとも前に向かって転ぶのなら、会社はそれを止めもしませんし、ましてや責めたりもしません。
一番困るのは、迷った末に何もしない事、逃げ出してしまう事です。新入社員だけではなく会社で働くすべての人に共通する話ですが、楽な経験だけ、そこで積み重ねた浅い経験知だけで生きたがる人たちがいます。以前、社長就任時に「浅瀬をつま先だって渡ろうと思わないで欲しい。思いっきり深い淵に飛び込んで一気に激流の渦巻く川を渡りましょう」とお話しました。急流とは修羅場です。その修羅場を怖がって、遠回りして浅瀬を渡るような経験は何十年続けても、財産にならない。どうか、修羅場を経験していただきたい。人間は修羅場の中でしか成長できないのです。
当社の各セクションでも、日常の業務の中で、前にも後ろにも進めず立ち往生してしまうような辛い局面が何度も起きています。その時に自ら買ってでもその修羅場に飛び込んで、本気で悩み、本気で迷うという経験が、将来のその人の大きさや深さ、広さを決めていくものです。我が身可愛さで生きてきたり、現場の修羅場を知らずに空の理屈を振り回してきた人が、実は何の突破力も持っていないという現実を何度も見てきました。今から、色々な山や谷や激流が待ち構えていると思いますが、決死の覚悟で「ひっ跳んだ」あなた方を会社は必ず守ることを、約束します。先輩達とともに学び合いながら前に進んでいただきたい。
そして、お集まりの社員の皆さん、今年度の予算はさまざまな要因から、かなり抑えたものとなっています。しかし、1人1人に掛かってくる数字は決して軽いものではありません。当社が安定的持続的に発展していくためにはどうしても今年度予算を達成しなければならない。この会社の舞台に集うあなたとあなたの仲間たちの未来のために、踏ん張っていただきたい。プライベートな生活とも十分にバランスを取りながら、かけがえのない一回限りの人生をより豊かにして頂きたい。それと並行して当社が業績を伸ばすことができれば、それだけで十分幸せなことです。
ともに手を取り合い、希望を持って新しい年度をスタートしましょう。
・・・・・・・・・・・
この一年、悲喜交々をとりまぜて、実り豊かな日々が続きますように。




