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「取締役って、何を取り締まっているの?」と、かつて教えていた大学の学生から聞かれたことがあります。「取り締まり」というと、警察の一斉検問や歳末パトロール、暴力団への一斉摘発などを連想しますが、さて、取締役は何を、誰を取り締まっているのでしょうか?

当社にも10人の取締役がいます。この取締役は株主総会で選任され、互選で最高執行責任者である代表取締役(1人とは限りません)を選びます。この代表取締役が、会社の利益に反するような行動をしないかどうか、目を光らせ、取り締まるのが取締役のミッションなんですね。そうしないと、代表権を持つ人物が時に暴走し、企業利益を大きく損ねてしまいかねない。いわば、トップへのお目付けとしての役割です。

もう一つ、警察用語の「取り締まり」とは別の意味で、「取り仕切る」という言葉があります。会社の業務全般を「取り仕切る役」という任務もあるのですが、会社業務の場合は事業年度ごとに「締める作業」が必要です。そういう意味で「締める取り仕切り役=取締役」という意味も込められているといわれています。


あの公共放送の新会長が、全理事に日付の入っていない辞表を提出させていたことが、国会で問題になっています。特殊法人であるNHKの理事は株式会社の取締役にあたります。彼らは代表権を持つ会長が暴走しないように牽制する立場にある訳です。会長を取り締まる立場にある人たちに、取り締まり対象の会長が辞表を預かるということが、いかに非常識なことか…。安倍クンのお友達で三井物産の副社長も務めたそうですが、昨日の国会では「一般社会ではよくあること」と答弁していて、空いた口が塞がりませんでした。警察官の任免権を暴力団に渡すようなもので、もし、役員の辞表を前もって預かる社長がいれば、コンプライアンス違反で株主、監査役、公認会計士から責任を問われかねません。さらに気になるのは、この辞表預かり劇、NHK内部の茶坊主が新会長に入れ知恵したんじゃないか…と、そんな気もしないではありません。どこの組織にも、そういうバカがいるものです。

NHKもひどいことになったものですが、世の取締役が、代表者の経営のあり方を監視し、本来の役割を果たしているかというと、とんでもない。日本の企業の役員は社内従業員から選抜されることが多いので、「自分を引き立ててくれた先輩である社長」に頭が上がらない。首を傾げるようなことがあっても、面従腹背、ひたすら上の顔色をうかがって無事安泰の日々を過ごすことに汲々としているのが実情です。オリンパスや大王製紙の事件などがあって、最近では社外取締役を増やす動きも出てきていますが、まだまだ道半ばです。

代表権を持つ立場として言うのも何なんですが、上の顔色なんかうかがう暇があったら、会社で働く人たちの最大利益(お金だけではなくて)をどう生み出していくかに目の色を変えて取り組んだ方がいい。「モノが言えない役員会」「上司に意見を言えない職場」になってしまっては、NHKを笑えません。
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 JR北海道、目を覆うばかりですね。先日、同社が公表したレール検査データの偽装報告に関する社内調査結果で、保線担当部署の7割以上がデータを改ざんしていたそうです。民営化以来続く赤字体質、労使間の慣れあいなど、さまざまな背景が指摘されていますが、公共交通機関として最低最悪の事態であることは間違いありません。

 JR北海道が相次ぐ不祥事で揺れる中、1月15日朝、元社長で現相談役の坂本真一氏が、北海道余市町の港内で遺体で発見されました。11年9月には、当時の中島尚俊社長が入水自殺しており、経営トップ経験者の自殺は2人目です。

 なぜ、二人の元社長が死を選んだんのか…。責任を深く痛感し、後悔の念と世間へのお詫びの想いで自ら死を選んだと思いたいのですが、コトはそうシンプルではなさそうです。坂元氏は相談役ではあるものの、取締役ではありません。が、毎回、取締役会にオブザーバーの立場で顔を出し、坂本氏の前では社長をはじめ誰も異論反論をさしはさめない雰囲気だったそうなんですね。異様な役員会というしかありません。

 昨年11月、坂本氏ら旧経営陣が取締役会に出席していたことが国会で問題視されたのですが、その際、現取締役の一人は「社長が思うように発言できない。旧経営陣に振り回されている」と告白しています。この坂本氏が先に自殺した中島氏を社長に引き上げ、さらに、その死後、同じ技術畑の野島社長を後押しして社長に就けたといわれており、現在でもJR北海道の支配者として強力な院政を敷いていたわけです。そりゃ、自分を引き立ててくれた大先輩に、そう簡単に歯向かえる訳がない。

 サラリーマンの悲しい性といえば、それまでですが、企業風土はこうしたトップたちの振る舞い、執着というか強欲によって確実に蝕まれ、衰退していくという好例といえそうです。上司に意見するのは勇気が要るかもしれませんが、見て見ぬふりをして、諦めの空気が組織内に漂い始めてからでは遅すぎる。自分を高みに置いて、すべてを仕切ろうとしていないか…上司にも、時に自省する機会が必要なのでしょう。

結局、ツケはお客様と社員がひっかぶることになるのですから。もって瞑すべき…と自分自身に言い聞かせています。
2014.01.14 両老人の意気
「落選後の生活不安」のために徳洲会から5000万円を無利子無担保で借りたと言い張ったイノセの後任を選ぶ都知事選がにわかに面白くなってきました。今日、細川護熙・元首相が出馬を明らかにして、これを小泉純一郎・元総理が全面的に支援するというのです。争点は、もちろん、原発の是非…。

小泉さんの脱原発論が物議をかもし、賛否両派が互いに「無責任だ」と言い合ったのは昨年秋。小泉さんは使用済み核燃料の処分場の目途も立たないまま原発を再稼働させるのは無責任と批判しました。世界有数の地震国であり、火山国であるニッポンで北欧のように地中深くに10万年間も使用済み核燃料を保管するという計画が、いかに無責任であるか。言われてみれば、当然の話です。

これに対し、推進派は原発を止めれば、高い石油や天然ガスを使った発電に頼らざるを得ず、コスト高が日本の経済競争力を阻害するとして小泉論を「無責任だ」と切り捨てる。

そもそも、容認&推進派の「原子力発電=低コスト」というアピールそのものが、根底から間違っています。単に原子力発電の運転コストだけでなく、設備、保全、廃炉、そして使用済み燃料の保管、さらに事故時の賠償や地元自治体などへの立地交付金などを総合すれば、原子力発電ほどコストの高いものはないことは、福島第一原発事故で身に染みてわかったはずです。

太陽光、風力、地熱だけでなく、日本近海に大量に埋蔵されているメタンハイドレート、北海道に無尽蔵に存在する泥炭を液化、ガス化するなど、日本国内の代替エネルギーの開発可能性は、数十年も前からいわれていながら、原子力ムラの妨害で、国産エネルギーの積極的な開発は封印されていたというのが実情だといわれています。

今日の会見で、小泉さんは「原発なしでも日本は発展するというグループと、原発なしでは日本は発展しないというグループの戦いだ」と細川全面支援を明らかにしました。久しぶりにダイナミックな選挙、政治がよみがえってきそうな予感がします。

トイレのないマンションで安穏に暮らしながら、まだ生まれてきてもいない100年後、1000年後、1万年後の子供たちに、自分たちの糞便のツケ回しを続ける私たちとは何者なのか…。そういった倫理的な問題に加え、戦後の経済発展のドン詰まりに至った日本経済の構造を、地球環境、人々の暮らしの安全安心に沿いながら再構築する契機にもなる小泉、細川両老人の主張を、エネルギーと食料を地方に頼りながら繁栄をむさぼっている首都の人々がどう受け止めるのでしょうか。曲がり角に来ているこの国の政治の大きな試金石だと思います。

<定年で部長という肩書がなくなりました。そんな私に、妻が言いました。「人間という肩書があるじゃないですか」>

こんなナレーションのTVCMが流れています。会社を中心とした生活に区切りをつけ、安堵するとともに一抹の寂しさを感じているときの、「人間という肩書きがあるじゃないですか」という妻の言葉を話されるお客さまの思いを受けとめる…ソニー生命のそんなCMです。

 団塊の世代が、いよいよ65歳以上の高齢者に加わり始めました。団塊の世代と言っても、若い人には馴染みがないかもしれません。終戦直後の1947年から1949年までの3年間に出生した世代、いわゆる第一次ベビーブームと呼ばれている人々です。この時代の年間出生数は250万人を超え、1947年は267万人、1948年が268万人で、1949年が269万。合計で800万人以上に上ります。ここ数年、日本の年間出生数は100万人ちょっとで推移していますから、そのざっと2・5倍に当たる計算。定年後の再雇用期間を経て65歳を迎え、いよいよ会社生活から離れる人たちは、これからがピークになります。そこに照準を合わせてのCMなのでしょう。

 縦割り組織と上下関係が支配する会社というクローズドな社会で数十年暮らして、はっと気づけば、目の前に離脱期限が近づいている。日本の企業は、よくムラ社会に例えられますが、ムラの場合は死が離脱を意味していたのに対して、会社の場合は、離脱後の「これから」が待ち構えています。それは、部下後輩が指示に従う閉鎖社会ではなく、「これまでの肩書」がまるで通用しない世間です。

 その時になって、初めて、多くの企業戦士たちは閉じられた社会の中でしか通用しない肩書を失った自分の非力や人間としての中身のなさに気付くことになるのでしょう。「人間としての肩書」と言われても…と、ただただ、困惑してしまうことにならぬよう、さて、準備、おさおさ怠ることなかれ。そう自分に言い聞かせています。

2013.06.18 また一人…
先月、ともに新人記者時代を駆けた友人が亡くなりました。その翌日には、闘病中だった夫人が後を追うように…。二日続きで届いた訃報に声もありませんでした。

昨日は、その友人のお別れの会が福岡で。数十年ぶりに懐かしい顔とも再会して、にこやかな友の遺影の前で抑え気味ながらの交歓の輪が広がりました。学生時代は病気の子供たちを支援する活動をしていたこと、ここ8年ほどは「いのちの電話」の理事として活動していたことも、初めて知りました。好奇心旺盛で、何にでも首を突っ込み、こと事件記事では他の追随を許さなかった彼は、ワシントン支局勤務を経て、編集局長へ。その後、放送界に移ったものの、最後まで報道現場に立ち続け、突然の病魔に倒れます。彼が息を引き取った翌日、3年間、入院生活を送っていた奥さんは、夫の死を知らぬまま、後を追うように旅立ちました。死因は夫と同じ病名でした。

「九州男児らしく、最後は女房をちゃんと連れていった」と弔辞にありました。残された者は、そう思うしかないけれど、そう考えるしか救われないけれど、無念の気持ちは晴れません。

夕刻から外せない所用があり、とんぼ返りでの出席でしたが、帰路の新幹線車中から眺める夕日が、いつになく赤く見えました。
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